ミントン社のタイル発展と衰退

マジョリカタイルの最高峰とされるミントン社のタイル。今回は、美しい色彩と繊細な装飾で人々を魅了してきたそのタイルと、惜しまれつつ幕を閉じたミントン社の歴史を徹底解説します。

ミントン社とは?

ミントン社は、イギリスを代表する高級陶磁器ブランドです。1793年に創業し、2015年に多くのファンに惜しまれつつ、ブランドの歴史に幕を閉じました。

ミントン社は、革新的な装飾技法を次々と発明し、若い気鋭のアーティストを採用することで繁栄を築きました。豪華に金彩を施した食器を生み出し、「世界で最も美しいボーンチャイナ」と称賛され、イギリス王室御用達ブランドとしても知られてきました。

  • ミントン・ホリンズ社の航空写真

  • 現在も残るミントン社の工場跡

  • ミントン・ホリンズ社のタイルの裏足。

また、ミントン社はタイルの生産も数多く手掛けており、最高級タイルとして、世界の著名な建築物に採用されてきました。特に、ヴィクトリア時代はミントンタイルの最盛期で、ミントン社は「ヴィクトリアン・タイル」の代表格として知られています。また、ミントン社製のマジョリカタイルは、その高い品質と装飾の美しさから「マジョリカタイルの世界最高峰」と呼ばれており、世界中のコレクターたちを魅了し続けています。

ミントン社の歴史

初代 トーマス・ミントンと「ボーンチャイナ」

  • 1793年

    銅板彫刻師トーマス・ミントンがイギリス中心部ストーク・オン・トレントに陶磁器製造会社ミントンを設立。

    1796年

    トーマスは陶工ジョセフ・プールソンと原型彫刻師サミュエル・プールソン兄弟と提携。更にリヴァプールの商人ウィリアム・パウノールの資本参加により会社は「ミントン、プールソン&パウノール」となる。

    トーマス・ミントン

  • 1798年

    ミントン社初の磁器焼成に成功し、世界一美しいと称される乳白色の焼き物「ボーンチャイナ」の製造を開始。

    1798年頃のイギリスでは、中国磁器で多用された白色粘土の入手が困難だったため、牛の骨灰を使用していたことからBone Chinaと呼ばれた。

    1797年頃に作られた、ボーンチャイナのクリーマー

  • 1800年

    陶磁器用材土の安定供給を目的に、トーマスはヘンドラ地域とトレロア地域に土地を借り、コーンウォール産カオリン独占使用カルテル「ヘンド ラ・カンパニー」を設立。

  • 1803年

    ジョン・ターナーをマネージャーに迎え、より優れた釉薬への切り替え等を行い、ボーンチャイナは進化を遂げた。

    ※ターナーとの提携は1806年に終了。

  • 1808年

    ジョセフ・プールソン死去。トーマスの長男トーマス・ウェッブ・ミントンと次男ハーバード・ミントンが窯参入。

  • 1816年

    ミントン社、ボーンチャイナの生産を終了。

  • 1817年

    息子2人が株主・経営者に加わり、会社は「トーマス・ミントン&サンズ」となる。これ以後、経営状態は徐々に悪化し、1822年には息子2人との業務提携を終了。

  • 1823年

    社名が「トーマス・ミントン」となる。ハーバードのみ窯に残り、トーマス死去後の後継者となった。

  • 1824年

    ボーンチャイナの生産流通を再開。

2代目 ハーバード・ミントンと「ミントンタイル」

  • 1828年

    ミントン社の2代目、ハーバード・ミントンがタイル製造を開始。ハーバードは、父トーマスの反対を押し切って、タイルの製造に大金を投じたが、当初は上手くいかなかった。

    ハーバード・ミントン

  • 1830年頃

    陶工サミュエル・ライトが考案し、特許を取得した象嵌タイルの技法をハーバードが一部買い取り、象嵌タイルの商品化を進める。その後、乾式タイル成形を確立し、タイルの量産化に成功した。

    1850年頃に製造された象嵌タイル

  • 1835年

    世界初のタイルカタログが完成。

    1836年

    トーマス・ミントン死去。

    1840年

    ハーバードは甥マイケル・ダイントリー・ホリンズとタイル製造会社「ミントン・ホリンズ」を設立。

    ミントン社のタイルカタログ

  • 1848年

    ハーバードがフランスで出会った、磁器メーカーの息子レオン・アルヌーをアートディレクターに迎える。アルヌーは、ミントン社に数多くの芸術家たちを送り込み、陶磁器やタイルの発展に貢献し、その後1892年までミントン社に従事した。

    レオン・アルヌー

  • 1850年

    凹凸のレリーフをもつ装飾タイルに、色鮮やかな釉薬が施されたマジョリカタイルを開発。

    以後、ミントン社は多種多様なマジョリカタイルを生産。その高い品質から、最高級タイルとして取引され、今でもコレクターズアイテムとして多くの人々を魅了し続けている。

    盛り上がった粘土の輪郭に色釉を入れて焼成した「チューブライニング・マジョリカタイル」

  • 1851年

    第1回 ロンドン万国博覧会に出展。「ボーンチャイナ」や「マジョリカ焼」が絶賛され、成功を収める。

    出品されたミントン社のコレクションは、装飾が施された「ボーンチャイナ」と、素焼きのパリアン・フィギュアの組み合わせが「オリジナルデザイン、高度な美しさ、効果の調和」と賞賛された。ヴィクトリア女王は、これを大変気に入り、116個を購入。1856年、ミントン社は英国王室御用達となる。

    パリアン磁器:大理石を模したビスケット磁器の一種。液状で型に流し込み、大量生産できるという大きな利点がある。

    ロンドン万博に出品された、ミントン社のケーキスタンド

3代目 コリン・ミントン・キャンベル以降

  • 1858年

    ハーバード・ミントンが死去し、甥のコリン・ミントン・キャンベルとマイケル・デイントリー・ホリンズが跡を継ぐ。

  • 1863年

    ミントン社のJ.L.Hugesが「アシッド・ゴールド」を開発し、特許を取得。

    アシッド・ゴールドは、金を腐食させて模様を付ける技法で、施釉面に金付する前に稀弗酸で蝕刻する。この方法は非常に熟練を必要とするので、最高級品の装飾にのみ用いられる。

    アシッド・ゴールドによる金を施した飾り皿。

  • 1871年

    ロンドンにミントン芸術陶器工房を開設。普仏戦争の激化により、フランスからイギリスにやってきた陶芸家マルク=ルイ・ソロンがミントン窯に移籍。ソロンが持ち込んだ「パテ・シュール・パテ」により、ミントン社は更なる発展を遂げる。

    ※パテ・シュール・パテ:仏セーブル窯で1849年に開発された、施釉前に粘土を重ね塗りし、装飾を施す技法。

    1909年頃。パテ・シュール・パテが施された、マルク=ルイ・ソロンの晩年の作品。

  • 1887年

    コリン・ミントン・キャンベル死去。この後、ロバート・ミントン・テイラーが参窯するものの、有能な経営者はおらず、ミントン社は次第に衰退していった。

  • 1948年

    ハドンホール城に掛けられていたタペストリーをモチーフにした「ハドンホール」発表。「ハドンホール」はベストセラーとなり、以後、ミントン社を代表する定番コレクションとなった。

  • 1968年

    ミントン社がロイヤルドルトン社に吸収合併される。

    ※日本からミントン社が撤退したのは2009年。

  • 2015年

    ロイヤルドルトン社がフィンランドのフィスカースに買収されミントンのブランドが廃止、事実上ミントンは消滅した。

まとめ

いかがでしたか? ミントンといえば、豪華な装飾の花瓶や食器、王室御用達のボーンチャイナなどが有名ですが、ヨーロッパのタイルの歴史にも、大きな役割を果たしてきたのですね。

旅行などで歴史的建築物を訪れる際は、そこに使用されたタイルにふと目を向ければ、思いがけず、ミントンタイルに出会うこともあるかも知れません。そんな発見ができたら、旅がもっと楽しくなりそうですね!

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